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わがまちの元気印-ジョイナス

備後地方で初めての塾とカルチャースクールを併設した民間学童保育施設を開設

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わがまちの元気印-ジョイナス

 

福山市引野町に民間事業者による学童保育施設運営がオープンしました。“子どもの自立心の育成”と“保護者の子育て支援”を目的とした新しい形の民間学童保育施設で、オープンさせたのは、同市神辺町に本社を置く“株式会社ジョイナス”。同社の岡崎芳己社長は、「ジョイナス1号店は塾やカルチャースクールを併設した、備後地方では初となる民間学童保育施設」と、胸を張ってアピールしています。

 

岡崎社長はもともと、人材総合支援サービスを提供する“株式会社シャイン”の経営者。労働者派遣事業、職業紹介事業に携わる中で、子どもを託児施設に預けて働くことを希望しながら、思い通りに仕事ができないある母親の悩みを知ったのが、新事業進出のきっかけ。「子どもを安心して預けられる環境づくりに取り組み、仕事と子育ての両立を応援したい」。

 

岡崎社長は新事業の構想実現に当たり、地元の神辺町商工会に相談を持ちかけました。そこで経営革新に取り組むことの具体的なメリットを知った岡崎社長は、新事業進出への意欲をよりいっそう燃やし、専門家派遣制度などを活用して経営革新計画書の作成にチャレンジ。昨年3月に「働く女性支援のための民間学童保育の事業化」で広島県の経営革新計画の承認を取得しました。「少子高齢化で労働人口が減少する中、意欲と能力のある女性の社会進出を積極的にサポートしたい」と岡崎社長。

 

それから半年後の同年9月、岡崎社長は経営革新計画の変更申請を行い、シャイン100%出資の子会社となるジョイナスを設立。民間学童保育の事業化を新会社によって事業展開することとし、母親が安心して子どもを預けられる環境づくりを最優先に掲げて、理想の施設づくりに向けた取り組みに本格着手しました。

 

社名のジョイナスを英語で表記すると“join us”。「みんなで一緒に楽しく過ごそう」を意味する言葉で、「ジョイナスで楽しく大切な時間を過ごしてほしい」という思いが込められています。岡崎社長の願いの通り、母親が安心して子どもを預けられるだけでなく、ジョイナスは子どもたちの大切な時間を将来のために有意義に過ごしてもらえるよう、さまざまなオリジナルのプログラムやサービスを提供しています。

 

子どもが健やかに成長するために必要な“人間力”を引き出すために、ジョイナスは5つのテーマに沿って豊かな保育を実践しています。その一つが、生活リズムの形成・確立と自発性を養うための“生活習慣”。正しい生活リズムを身に付けてもらうことに重点を置いたカリキュラムを組み、自分のことは自分でできるよう指導し、自立心を育てます。次に、“社会性・経験”をキーワードに、社会への適応力や状況判断力を養うためのイベントやプログラムを数多く準備し、同時に“教養・自学自習”の力を育てるために、学ぶことに対する積極性もサポート。さらに、他人を思いやる優しさを身に付けてもらうために、“マナー・コミュニケーション”の能力を育成するとともに、新しい自分に挑戦するための心を育む“自己啓発”にも力を入れています。

 

とりわけジョイナスが他の学童保育施設と大きく異なる点は、塾・カルチャースクールの機能を備えた“ジョイナスプラス”を併設していること。「子どもを預けることができれば、そのまま習い事までできるサービス」と岡崎社長。苦手科目を克服し、得意科目を伸ばすだけでなく、勉強のやり方から宿題のフォローまで丁寧に指導する学習習慣サポートが充実。楽しく学べるカルチャースクールでは多彩な学びと遊びのプログラムも用意して、子どもの感受性や創造性を伸ばし、個性を引き出す指導も行います。

 

施設においても安全面や衛生面に十分に配慮し、窓ガラスには安全ガラスもしくは飛散防止フィルムを貼付。壁にはホルムアルデヒドを吸収・分解する壁材を用い、床は足に優しい無垢材を使用しています。監視カメラを計5台設置するなど防犯対策も充実させ、ドアシステムにも不審者進入対策がしっかりと施されています。

 

入所対象となるのは、小学1年生から6年生までの児童。保育時間は、平日は下校時間から午後7時まで、土曜日・長期休暇中は午前8時30分から午後7時まで。保護者の勤務時間に対応し、朝は午前7時から、夜は最長で午後9時までの前後延長も可能です。事前にスポット会員に入会すれば、必要な時に1日だけ子どもを預けることができます。保育士・幼稚園教諭免許、小・中学校教員免許取得者など教育現場での経験が豊富なスタッフがキッズコーチを務め、普通救命講習、上級救命講習受講済者であることも、子どもと保護者にとっては大きな安心材料となります。

 

なお、利用料金などの詳しくは、ジョイナスのホームページをご覧ください。

 

●お問い合わせ/株式会社ジョイナス TEL(084)960-0051
●お問い合わせ/神辺町商工会 TEL(084)963-2001

 

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わがまちの元気印-コーシンオート望

早くから経営革新に取り組み、写真付き作業報告書サービスで顧客から高い信頼得る

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わがまちの元気印-コーシンオート望

 

「自然と車の調和が私たちの願い」。そんな経営方針を掲げ、顧客密着型の事業展開で長く地域に愛され続けている自称“備後の田舎の車屋”。早くから経営革新に挑戦し、顧客志向の具現化に信念を持って取り組んでいるのが、神石郡神石高原町にある“コーシンオート望”。同社の延岡博行社長は、他に類を見ない独自サービスの確立によって差別化戦略に成功し、自社の息の長い成長を持続させています。

 

延岡社長が1994年(平成6年)1月、個人事業として立ち上げたのが同社の始まりで、その3年後に改組して法人化。もともと同じ地元の同業他社に勤務していましたが、後進に道を譲るために退職。独立開業の意思はまったくなく、「40歳を過ぎてハローワークに行っても、次の仕事はそう簡単には見つからない。1年くらい遊んでいた」と、当時を笑いながら振り返る延岡社長。ただ、その資質や能力を周囲は放っておかず、周りの声に押されて何とか重い腰を上げ、同社を立ち上げたという経緯。

 

「家庭が1番、地域が2番、会社が3番」。それが延岡社長のモットーで、従業員一同に繰り返し言い聞かせていること。「仕事をないがしろにしていいということではない。家庭や地域を大切にできない従業員が、仕事を大切にできるはずがない」。会社経営と同時に、延岡社長は人づくりにも細心の気を配っています。例えば、社員教育の一環として清掃を徹底していることもその一つ。同社では毎朝、清掃を通じて心を磨いた後、1日の業務がスタートします。

 

同業他社と差別化を図るための最良の手段と延岡社長が位置付けているのが、人の心。施設設備の充実、取扱車種の多寡、販売体制の強化などではなく、思いやりの心を持って顧客が喜ぶサービスを提供することが一番の差別化になると考え、その心を育むためにも人づくりには力を注いでいます。

 

延岡社長の思いが如実に感じ取れるのが、同社独自の写真付き作業報告書サービス。自動車の点検時などに整備の全過程をデジタルカメラで記録し、担当従業員の手書きのコメントを添えて作業の進捗状況を随時、顧客に報告するというもの。「自動車は一見無機質に思えるが、生き物である」。それが延岡社長の持論で、医師がレントゲンを撮り、それを患者に見せながら病状や検査結果を説明するのと同じことで、「単なる道具と捉えて自動車をぞんざいに扱うようでは、顧客に失礼」と延岡社長。

 

「恋人に思いを伝えるような気持ちで書け」。時には従業員を厳しく叱り、時には丁寧に添削指導を行いました。何のために写真を撮り、何のためにコメントを書くのかの意味を全従業員に理解させるまでに、約1年半かかったと言います。一つの工程を終えるたびに、丁寧に手洗いして写真を撮影。また次の工程へと移り、手洗いの後に写真撮影の繰り返しで、「アロエ成分配合の高品質石鹸が当社では大活躍」と笑う延岡社長。

 

この取り組みは同社が経営革新支援法の承認を受けるきっかけになったもので、それ以前はポラロイドカメラを使った地道なサービス展開でした。2005年(平成17年)4月に「中小企業経営革新支援法施行令等の一部を改正する政令」が施行され、広島県が全業種での経営革新を幅広く支援するようになって間もなくのこと。本県連東部支所が備後地域の会員事業所などを対象に開いた新法に関する説明会で、ごく数人の出席者の中に延岡社長の姿がありました。説明会後、かねてからの計画を担当職員に打ち明けたところ、「それならいけそうだ」との力強い言葉。

 

本県連東部支所の支援を受けながら申請書の作成に取り掛かり、同年8月、延岡社長は「設備効率化による写真付き作業報告書サービスの開始」で広島県の経営革新計画の承認を取得しました。結果、経営革新制度を活用して、その翌年に自社の整備工場を認証工場から指定工場へと格上げ。それまでは、福山市南今津町にある福山自動車検査登録事務所に実車を持ち込んで車検を通す必要がありましたが、指定工場移行後は車検に関する全ての作業を自社で行うことができるようになるなど、大幅に業務効率化を図ることにも成功しました。ちなみに神石高原町内に指定工場ができたのは、34年ぶりのこと。写真付き作業報告書サービスも顧客から高い支持を得て、「今では安心、信頼して従業員の取り組みを見守っている」と延岡社長。

 

社名にある“望”とは、生後わずか1か月で夭折した幼子の名前。「その子が生きていれば成人になる年まで頑張ろう」。独立開業以降、その目標を頭の片隅に置きながら、顧客や従業員のために毎日懸命に働いてきました。その年を迎えるまであと3年。

 

道の駅さんわ182ステーションの近くの国道182号沿いに本社機能を移し、業務の拡張を図りたい思いがある一方で、地元では法人による集落営農の取り組みをけん引し、時代に相応しい理想の里づくりを進めるまちづくりグループ “かみむら未来塾”の一員でもある延岡社長。ほどなくして再び後進に道を譲り、地域の食と農の健全化を図るとともに、子どもたちの夢を育む住み良いまちづくりに貢献したい。そんなふうに第2の人生を考え始めています。

 

●お問い合わせ/コーシンオート望 TEL(0847)85-4114
●お問い合わせ/神石高原商工会 TEL(0847)89-0001

 

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わがまちの元気印-伝統工芸

世界に通用する“日本らしい”壁面家具・壁面雑貨を開発し、新しい生活空間を提供

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わがまちの元気印-伝統工芸

 

壁面を個性的に彩る、上質で感度の高い家具や雑貨の開発、販売を手掛けたことをきっかけに、最近にわかに注目を集めている“伝統工芸株式会社”。府中市上下町にある壁面家具・壁面雑貨専門メーカーで、その社名の通り、日本の歴史と風土に培われた高い精神性や優れた手練の木材加工技術を継承。“日本らしさ”をコンセプトに、長年積み重ねてきた技術と革新的なアイデアを融合させた高品質なモノづくりで新しい空間価値を創造し、日本独自の魅力を世界に向けて発信しようとしています。

 

同社は1983年(昭和53年)に創業。以来、額縁製造メーカーの協力会社として、長年にわたって下請けの製作業務に従事。額縁を中心に屏風、衝立など、日本らしい空間を壁や仕切りによって演出する製品を作り続けてきました。1998年(平成10年)に2代目の経営者に就任した藤岡惠志社長は昨年、長く培ってきた額縁製造での知見を生かし、自社開発、自社製造へと大きく経営方針を転換。下請け体質からの脱却を図るため、自社ブランドを確立する方向に舵を切り、“壁を用いた空間演出”にこだわった商品の開発に乗り出しました。

 

その背景にあったのが、業界の先細りに対する不安や危機感でした。例えば書道人口が減るに従って、書道用額縁の需要も相対的に低下。そのことは、同社の事業領域全般に当てはまることで、「このままではいけない」と藤岡社長は考えたのです。昨年9月に額縁製造メーカー出資分の株式を買い戻すなどして独立。経営の革新に本腰を入れる姿勢を鮮明にしました。

 

藤岡社長は今年1月、ストーリープランニングを導入。これは、物語を切り口にした課題解決方法と呼ばれるもので、長年の技術と木材を通して新しい価値の創造に取り組むために、藤岡社長は自社の強みを探して経営資源を集中投入するストーリーを構築。そのあるべき姿の実現に向けて、まず壁面家具・壁面雑貨のプロトタイプの試作に着手。試作と研究実績を着実に積み重ねて、6月から販売事業を開始。さらに、ホームページを一新して、10月にショッピングサイト“伝統工芸オンラインストア”をオープン。自社開発製品の魅力を全世界に向けて発信しました。

 

同社が展開する自社ブランドは全3シリーズ。「長年培った技術力という強みを発揮して製品を開発することに力を注いだ」と藤岡社長。中でも同社が旗艦ブランドに位置付けているのが、日本の伝統的な建具として用いられてきた縦格子がモチーフの“格子シリーズ”。

 

ウォールナット材、バーチ材、ナラ材の3種類を使用し、格子の太さを16mm角に統一。釘などは使用せず、組み立て後にオイルを塗布してしっとりとした風合いに仕上げているのが特徴です。実用的でお洒落なプランターラック、オブジェや小物が収納できる井型シェルフなど8商品があり、規則正しい縦格子の美しいパターンが、現代の生活空間に新しさと懐かしさを提供します。

 

2つ目が、同社と社外のプロダクトデザイナーとの協業によって生まれた“デザイナーズシリーズ”。木材加工の伝統技法“蟻組み”に“滑り”の機能を加えた壁掛け万年カレンダー、味覚だけでなく視覚でもワインを楽しめるワインボトルフレームなど、デザイナーの個性と感性が光るハイセンスな仕上がりの逸品が揃います。3つ目が、同社の職人や協力デザイナーのアイデアを形にした“プロトタイプシリーズ”。

 

より多くのニーズに応えるため、主力ブランドを中心にラインナップのさらなる充実を目指す藤岡社長。「自社技術を応用して、幅広いモノづくりに挑戦したい」。企業のトップでありながら一職人でもある藤岡社長は、見る人を驚かせるような製品の開発に貪欲に挑み続けていく考え。壁面という領域で世界に通用する日本発の商品を開発し発信することで、より快適で、より魅力的な生活空間を提供するとともに、「世界中にその素晴らしさを感じてもらいたい」と語る藤岡社長。世界を視野に入れたモノづくりをこれからも追求していきます。

 

●お問い合わせ/伝統工芸株式会社 TEL(0847)62-3377
●お問い合わせ/上下町商工会 TEL(0847)62-3504

 

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わがまちの元気印-パティスリーオクモト

地元産レモンを使った洋菓子づくりで、経営革新とともに地域の新規雇用創出に成功

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尾道市瀬戸田町特産のレモンを使った洋菓子づくりが評判を呼んでいる“瀬戸田檸檬菓子工房パティスリーオクモト”。同町で生まれ育ち、約8年間の修業を経て、4年前に帰郷した奥本隆三オーナーがその年の春に開いた小さな洋菓子店です。

 

最初は決して特別な洋菓子店ではありませんでした。本場・神戸で洋菓子づくりの修行に励んだ経験を生かし、開業当初は地元ではなかなか味わうことのできない神戸の味、ロールケーキを主力商品として販売していました。今日に至る転機になったのは、常連客からの一言。「普通の焼き菓子なら、瀬戸田土産にならない」。

 

かねてから生産量日本一を誇る地元産レモンを使った洋菓子づくりにも取り組んでいましたが、自分を納得させる結果には至らなかった背景もありました。その一言をきっかけに、「自分にしかできない、瀬戸田でしかできない焼き菓子もあるはず」と、奥本オーナーはもう一度自分の心を奮い立たせました。

 

従来のレモンケーキは、仕上げにホワイトチョコレートでコーティングするのが一般的な作り方ですが、「チョコレートの甘さで、瀬戸田レモンの風味がかき消されてしまう」。かと言って、すり下ろしたレモンや果汁を加えるだけではえぐみや酸味が強調され、「瀬戸田レモン特有の風味が生かされない」。

 

そこで奥本オーナーが思いついたのが、瀬戸田レモンの皮を生かすことでした。レモンの表皮にある油包を一つひとつ手刻みで加工。刻んだ皮を丹念にアク抜きし、じっくり煮詰めてジャム状にすることで、機械では出せない繊細な歯応えや食感、香りを表現することに成功しました。神戸の製粉メーカーから仕入れた国産小麦粉、内麦ゴールドを生地に使用し、なめらかな食感を演出。さらに、生地にしっとり感を加えるため、焼き上げ後に特製のレモンシロップを打つことで、爽やかなレモンの香りとともに、とろけるような口当たりが楽しめるレモンケーキ“島ごころ”が完成しました。

 

開業翌年の夏、奥本オーナーは満を持して島ごころの発売を開始。瀬戸田発のレモンケーキは、発売直後からまたたく間に話題となりヒット。昨年度は累計約6万個を販売し、今年2月には「第51回全国推奨観光土産品審査会」で『日本観光協会長賞』を受賞するなど、その味は全国的にも高く評価されています。ただ、奥本オーナーはその現状に慢心することなく、「レモンの粒が小さい」「レモンの食感が足りない」などの意見をもとに、常に商品の改善と向上に努めることも忘れていません。

 

地域資源と既存技術を融合させ、従来にない新商品を開発することを計画した奥本オーナーは、昨年5月に「瀬戸田レモンを活用した洋菓子開発と特色あるお店づくり」で、広島県の経営革新計画の承認を取得しました。

 

経営革新までの道のりを支援したのが、地元の尾道しまなみ商工会瀬戸田支所。奥本オーナーから、県内過疎地域の活性化に成果を上げた新商品の事業化を支援する「広島県過疎地域小規模企業等活動支援モデル事業」の活用相談を受けた際、同制度の申請にあたって経営革新が必要になることから、同支所は専門家派遣などで申請書類の作成を支援。奥本オーナーは同支所バックアップのもと、わずか1か月で両制度の承認申請書をまとめ上げ、経営革新とともに県からの新たな支援を取り付けることにも成功。

 

さらに、その過程で情報を得た「広島県中小企業新事業創出支援事業」への申請にも矢継ぎ早に挑戦。経営革新計画承認事業者を対象に、新規雇用への取り組みを支援する助成制度で、奥本オーナーは見事その採択を受け、2人の従業員を新規採用。地元に新たな雇用機会を生み出すなど、奥本オーナーの一連の取り組みは、地域の活性化に大きな効果をもたらしました。

 

現在、島ごころは県内の百貨店や高速道路SAを中心に約20か所で販売され、今年度の累計販売数は20万個を突破する見込み。「生産数量が増えても発売以降変わらぬ製造工程で、手間ひまを惜しまない手づくりに徹していることがおいしさ、人気の秘訣と自負している」と奥本オーナー。「生まれ育った瀬戸田をレモンで元気にしたい」「瀬戸田とともに歩むお店でありたい」の願いを込めながら、今日も瀬戸田のレモンケーキを焼き続けます。

 

●お問い合わせ/瀬戸田檸檬菓子工房パティスリーオクモト TEL(0845)27-0353
●お問い合わせ/尾道しまなみ商工会瀬戸田支所 TEL(0845)27-2008

 

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わがまちの元気印-風呂迫建設

市民農園をモデルにした「農園付き貸し別荘事業」で、各方面から熱い注目を集める

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わがまちの元気印-風呂迫建設

 

世羅郡世羅町にある建築業を主体とした建設業者が、自社技術を活用した新規事業を立ち上げて、業界はもとより各方面から高い注目を集めています。市民農園をモデルにした「農園付き貸し別荘事業」が話題となっているのは、同町安田の“株式会社風呂迫建設”。稼働率100%、常にキャンセル待ち状態が続く人気ぶりで、多くの利用者に喜ばれると同時に収益基盤の強化が進むなど、同社の風呂迫聖吾社長にとっては願ったり叶ったりの展開のようです。

 

農園付き貸し別荘事業は、同社所有の遊休農地の有効利用を目的に始まったもの。業界の景気動向に左右されない新規事業を模索し、農業参入などを検討していた折に風呂迫社長が出会ったのが、中高年を中心に人気の市民農園だったのです。

 

2008年(平成20年)春、たまたま目にしたあるコラム記事がきっかけ。「滞在型の市民農園が流行している」と知った風呂迫社長は、「思い立ったが吉日」とばかりに即行動に打って出ます。市民農園の実態調査に乗り出し、鳥取・島根・岡山・山口・兵庫各県の先進例を見て回り、各所の取り組みや現地の状況をつぶさに見聞しました。兵庫県の市民農園は一度訪れたことがある場所で、「近郊都市圏から車で1、2時間が最適な立地条件で、地域振興にも役立つ」と過去に聞かれたことが思い出され、風呂迫社長の直観は確信に変わりました。

 

その後、風呂迫社長が新規事業計画案を世羅町商工会に持ち込んで相談したところ、勧められたのが経営革新計画の申請。同商工会支援のもと、風呂迫社長は経営革新計画申請書の作成に取り掛かり、その年の12月に『建設業の技術を活用した農園付貸別荘事業への進出』で、広島県の経営革新計画の承認を取得。日本政策金融公庫から低利融資を受け、新規事業に本格着手することになりました。

 

同社所有の遊休農地と経営資源を利活用して、一昨年4月に第1期工事に着手。3か月後、2,000㎡の広さに6棟の農園付き貸別荘が完成しました。「完成2か月前に地元紙に取り上げられ、電話が鳴りっ放し。その週末に入居者が埋まった」。この反響を受けて、同年9月からの第2期工事で3,000㎡の広さに9棟を増設。昨年3月に“やすだの郷”が全面開村しました。

 

当時、民間事業者が市民農園を開設する場合、『市民農園整備促進法』という乗り越えなければいけないハードルがあり、これが風呂迫社長にとって一つの障害になっていました。風呂迫社長は広島県のアドバイスをもとに、遊休農地を宅地に転用した上で、市民農園をモデルにした農園付き貸別荘を貸し出す方法を取ることでこの問題をクリア。同法に即した市民農園であれば、「貸付期間が5年を超えないこと」「複数の者を対象に一定のルール」「営利を目的としない農作物の栽培」などの要件が求められますが、「やすだの郷には一切の制約がかからない」と風呂迫社長。

 

やすだの郷の農園付き貸し別荘は全15棟。1区画は240㎡、内、農園の広さは100㎡。木造平屋の1部屋タイプ(DK)と2部屋タイプ(1DK)の2種類があり、全室ロフト付き。ユニットバスや簡易水洗トイレ、プロパンガス、洗面化粧台などが備え付けられ、ケーブルテレビ、インターネット接続も可能。賃料は1部屋タイプ年間(3月~2月)36万円、2部屋タイプ(同)42万円。契約は1年ごとの更新で、何年でも継続更新が可能です。

 

「団塊世代が中心だが、アパート感覚で利用している若い女性もいる」と風呂迫社長。細かな制約が設けられていない分、入居者の利用形態は実にさまざま。土に触れて野菜づくりを楽しむ人がいる一方で、中にはやすだの郷での暮らしに快適さを見出し、入居後に住民票を移して、農園付き貸別荘の住まいを“終の棲家”にしている人もいるといいます。

 

農園の利用にあたっても細かな制約は設けていません。入居者が快適に利用できることを大前提に、「何を植えても結構」。季節の野菜や四季折々の草花はもちろん、観賞用の樹木を植えている人もいれば、小さな水田を開いて稲作をしている人もいるなど、農園の彩りや趣も入居者の思いによってさまざまなようです。

 

入居者にとっての利便性、快適性を徹底的に追求し、どんなニーズでも自社の自術力で形にしていきます。第1期工事で完成した6棟はいずれも1部屋タイプで、成約に至らなかった希望者から「部屋数が少ない」などの声が聞かれたことから、内2棟を2部屋タイプに増築。第2期工事では1部屋タイプ3棟に対して、2部屋タイプを6棟と数を増やしました。現在の内訳は1部屋タイプが7棟、2部屋タイプが8棟。さらに、第2期工事以降、一律100㎡だった農園の広さを入居者の要望に応じて自在に変更。入居者の目的に見合った農園空間を提供することにしました。

 

「周辺に街灯がなく暗い」と言われれば街灯を設け、「農作物の風除けをしたい」と聞けば防風ネットを張りました。「三角屋根に出窓を付けたい」の要望があった時には、金額提示の上で、入居者が希望する通りの天窓を屋根に取り付けました。「中小企業だからこそのフットワークの軽さを生かし、あらゆるニーズに応える」。過剰な縛りがないことに加え、入居者の声をいち早く形にできる柔軟性が他にない強みで、人気の理由であると風呂迫社長は分析します。

 

第3期工事も計画していましたが、地元で同社のビジネスモデルを実践したいという事業者が現れたことで、「運営ノウハウを一社独占するより、それを町内に広めることの方が地域全体に好影響」と考えた風呂迫社長。現在同町では、同業他社による新しい農園付き貸別荘の立ち上げが着々と進んでいるところ。その効果的な運営支援を行いながら、同社の事業活動を支えている地域社会に恩返しをしていくこと。それが、これからの自分にとっての使命だと風呂迫社長は考えています。

 

●お問い合わせ/株式会社風呂迫建設 TEL(0847)29-0321
●お問い合わせ/世羅町商工会 TEL(0847)22-0529

 

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わがまちの元気印-せんチャンファーム

建設業者が農業分野に新規参入を試みて、自然薯の栽培事業を見事に軌道に乗せる

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わがまちの元気印-せんチャンファーム

 

公共事業の削減や入札制度の見直しなど、自社を取り巻く外部環境の変化に対応するために、農業分野へ新規参入。新分野進出を見事軌道に乗せた企業が三原市久井町にあります。同町山中野の総合建設業“有限会社仙石(せんせき)組”は一昨年3月から、自社畑を活用した自然薯の栽培事業に着手。同社の仙石一博社長は、「消費者のみなさんに食の安心・安全、健康を届けたい」の思いで、新規事業の拡大に力を入れています。

 

長年建設業に携わってきた同社にとって、未経験の領域。自然薯に着目したのは、「春に作付けの時期を迎え、本業の閑散期を埋めるのに適している」と考えてのこと。知識ゼロからのスタートで、自生植物である自然薯の栽培方法を確立した山口県柳井市の“政田自然農園”で、自然薯栽培の知識・ノウハウを学びました。

 

2008年(平成20年)4月、同農園から仕入れた50個の種芋を初めて自社畑に植えました。「収穫期に質の良い自然薯が掘れた」ことが自信となり、翌年3月、隣接する50アールの田んぼを自然薯畑として開墾。自社の建設機械を使って土の天地返しや畝づくりを行い、翌4月に2,200本の種芋を植栽。同社の第2創業である“せんチャンファーム”が本格始動しました。

 

保健所から「飲食に適している」とお墨付きを得た、良質で豊富な地下水に恵まれた土壌で、たっぷりの水分とともにミネラルを自然薯畑に補給。畑の除草作業はすべて手作業で行うなど、丹精込めた畑づくりによって高品質な自然薯づくりを目指しています。「春に種芋を植え付け、初夏にマルチを敷設するまでの間、ほぼ毎日手作業で水遣りと草取りを行っている」と仙石社長。地道な作業の積み重ねこそが、付加価値の高い自然薯づくりにつながると信じています。

 

昨年9月、自社敷地内に直売ショップを開設。一番の人気商品は、自然薯の風味を生かした“自然薯アイスクリーム(300円)”。三原臨空商工会がマッチングの橋渡し役となり、世羅郡世羅町にあるアイスクリーム工房の協力を得て開発した商品で、これを目当てに訪れる人も多いとか。自然薯粉を4%配合した、粘りのある弾力感が特徴の“自然薯入り手延べそうめん(値段各種)”ももう一つの人気商品で、「コシが強く栄養も満点」。

 

この他、こだわりの自然薯(値段各種)をはじめ、自然薯粉“じねんじょ美人(200g2,000円)”、自然薯の子実“むかご(1kg2,000円)”、各種自然薯セットなどを販売。直売ショップに併設の自販機直売所では、各種自然薯商品に加え、自家栽培の新鮮野菜、久井高原健康卵“ほたるのささやき”などが手軽に購入できます。

 

同ファーム立ち上げを機に、農園・直売ショップそれぞれの専属スタッフ2人を新たに採用。新規分野参入によって新しい収益の柱を築いただけでなく、地域の雇用機会を生み出すことにも同社は貢献。現在は、地元に人を呼び込むための仕掛けづくりに力を入れているところです。

 

その一つが、自然薯のオーナー制度。自然薯やむかごの収穫が体験できる制度で、1口1万円でオーナーを募集。毎年晩秋の収穫祭では、自然薯の手掘り体験(掘り取りは3本。持ち帰りは2本)が楽しめるほか、豪華な自然薯料理が味わえるとあって好評。現在、21人が同ファームのオーナーとして登録されています。

 

さらに今月、直売ショップ内にウッドデッキの開放的な休憩室がオープン。標高375mの爽やかな高原の中でゆっくり寛いでもらおうと、これまでになかった滞在型休憩施設を新たに設け、「将来的には来園者への食事提供なども検討していきたい」と仙石社長。新規事業の拡大に意欲的に取り組むことによって、地域の活性化を自らけん引する意気込みです。

 

せんチャンファーム
三原市久井町山中野2142
電話受付時間/午前8時~午後5時
直売ショップ定休日/不定休
自販機直売所/午前7時~午後7時

 

●お問い合わせ/せんチャンファーム TEL(0847)32-8380
●お問い合わせ/三原臨空商工会 TEL(0848)86-2238

 

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わがまちの元気印-カネト水産

牛乳販売業者と異業種連携した鮮魚の宅配サービスで、販売事業を自社の新たな柱に

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わがまちの元気印-カネト水産

▲水揚げされたばかりの新鮮な真鯛を手に、満面の笑みを見せる佐藤弘常主任。

 

福山市内海町にある老舗の鮮魚卸売業者が、地域密着型のサービス事業を新たに展開。新規事業によっていっそう地域に愛される企業づくりを目指しつつ、さらなる収益性の向上と経営力の強化を図ろうとしています。

 

“せとうちど真中直行便”を掲げ、新たな事業展開に乗り出したのは、1921年(大正10年)に創業した“カネト水産株式会社”。同社が立ち上げた新規事業は、同市大門町の牛乳宅配業者と異業種タッグを組んで行う鮮魚の宅配サービスで、事業責任者で若き後継者の佐藤弘常主任は、「生産者と消費者の双方が幸せになれる“ウィン・ウィン”の仕組みで、地域社会に貢献したい」と張り切っています。

 

同社は、打瀬船で漁業を営んでいた佐藤主任の曽祖父が、鮮魚仲買業を起こしたのが始まり。昭和初期、現会長の祖父に代替わり。現会長は干しエビや海苔の加工に乗り出し、昭和後期以降、漁獲量の減少傾向が続く中で養殖用稚魚の種苗生産にも着手。事業を次々に拡大し、同社発展の基礎を築き上げました。平成の時代に入り、佐藤主任の父である現社長が種苗生産の技術開発に本格的に取り組み始め、4年前には広島県で初めてマハタの種苗生産に成功するなど、数々の実績を上げてきました。

 

現在、同社の主力業務は大きく分けて2つ。一つは、創業時から受け継いでいる鮮魚卸業。もう一つは、現社長が養殖技術を確立した稚魚の種苗生産。種苗生産とは、卵から孵化させた稚魚をある程度の大きさにまで中間育成する養殖法のこと。ある程度の大きさに成長した稚魚は、四国や九州の養殖業者に出荷しています。

 

中間育成でより良い種苗生産を行うために必要な餌料の培養技術も自社で確立。より良い動物性プランクトンを稚魚のエサにするために、その動物性プランクトンに良質な植物性プランクトンを与えるなど、目に見えないほどの小さな微生物の培養に至るまで一貫した養殖体制を整えています。同社のすぐ目の前に広がる栽培漁業には、真鯛、ヒラメ、マハタ、クロソイ、タイリクスズキの5種類の稚魚が数十万尾単位で養殖され、色とりどりの可愛らしい魚たちが水面近くを元気に、飛び跳ねるように泳ぎ回っています。

 

付加価値の高い養殖技術によって、すべてが順調に推移しているわけではありません。「年々漁獲量が減っていく中、魚価も下落傾向。おのずと相対的に養殖魚の価格も下がる一方」と佐藤主任。ただ、漁業の未来を憂いているだけでは現状は打破できず、新たな事業の柱を構築することで、迫りくる危機を乗り越えたいと佐藤主任は考えました。そこで思いついたのが、既存の直売施設の機能強化を図ることでした。市場に卸すための魚の集荷場として長らく埋もれていた直売施設を、人を呼べる直売店に変え、鮮魚の小売りを第3の商売の柱にしようと佐藤主任は立ち上がりました。

 

直売店を単に魚を売り買いする場としてだけでなく、消費者にとって敷居の高かった空間をコミュニケーションの場として開放し、“食卓提案の場”として生まれ変わらせました。漁場直送の新鮮な地魚を市価より格安で購入できるだけでも消費者にとっては十分な魅力ですが、直売店の高付加価値化を目指し、対面式の丸魚無料調理サービスを開始。さらに、母親とともに考案した魚料理のレシピ約30種類をお手製のリーフレットにまとめて、魚を調理することの楽しさを消費者に提案。「おいしい魚料理が作れた」。そんな声も日増しに増え、常時約20種類の魚が生簀に泳ぐ直売店はにわかに活気づいてきました。旬の魚にスポットを当てた集客イベントの客足も着実に増えています。

 

小売り部門の強化を図る一方で、その日の水揚げ情報やおすすめ情報を日々、自身のツイッターに投稿していた佐藤主任。即効性の高いツイッターを活用した地道な情報発信活動が、思わぬビジネスチャンスを呼び込むきっかけになりました。佐藤主任の“つぶやき”を目にした福山市内の牛乳販売業者から昨年末、ビジネスマッチングを求めるアプローチが舞い込んできました。

 

「新鮮な牛乳とともに新鮮な魚を消費者に直接届けてみては」との提案を受け、「いけると確信した」と佐藤主任。打ち合わせを重ねて業務提携へと至った両者は昨年12月、同市東部地域エリアとし、注文を受けた家庭にその日水揚げされたばかりの鮮魚を配達するサービスを共同で開始しました。宅配サービスは、毎週月曜日に佐藤主任が予想した水揚げ情報を牛乳販売業者がメールマガジンやチラシで配信。木曜日まで注文を受け付け、金曜日に各家庭に配達する仕組み。単品からでも受け付け、980円~2,980円の詰め合わせセットも用意。直送なので通常の小売価格よりも安く、配達料は1か月500円。配達時にはおすすめのレシピも添えて渡し、希望者には無料で下処理も行います。

 

宅配サービス開始後間もなく、佐藤主任は自社の取り組みを多くの人に知ってもらおうと、プレスリリースの作り方を独自に学び、テレビ局や新聞社などのマスコミに向けて情報を発信。その効果はてきめんで、佐藤主任の新たな試みはテレビや新聞を通して広く市民の知るところとなりました。その効果はすぐに現れ、消費者からの問い合わせや顧客からの紹介などが殺到。牛乳宅配業者のアナウンス効果もあって、当初わずか数件だった注文が多い時には80件以上に膨れ上がり、今では約50件から定期的な注文が入るといいます。

 

生産者にとっては水揚げした魚をいち早く届けることができ、消費者にとっては朝獲れた魚がその日のうちに食卓に上る仕組みを「ウィン・ウィンの関係」と佐藤主任。双方が幸せになれる新規事業を通じて、地域に笑顔を届け続け、地域に愛され続ける企業になりたいと自身も笑顔をほころばせます。

 

●お問い合わせ/カネト水産株式会社 TEL(084)986-2025
●お問い合わせ/沼隈内海商工会 TEL(084)987-0328

 

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わがまちの元気印-松川繊維

ツナギ服の製造業者が2つの自社ブランドを軌道に乗せて“脱下請け”を目指す

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わがまちの元気印-松川繊維

▲それぞれのブランドを立ち上げて新規顧客の開拓に挑む尾崎一成社長と妻ひとみさん。

 

地域の伝統産業である繊維産業が先細りしていく中、ニッチな分野に特化したモノづくりに活路を見出し、生き残りを賭けた新規事業に果敢に挑む企業が福山市駅家町にあります。1975年(昭和50年)の創業以来、ツナギ服の製造販売を手掛けてきた“松川繊維株式会社”。新たな市場に目を向け、近年、これまで培った独自の技術力をベースとする自社ブランドを積極的に展開。新規顧客の開拓を強力に推し進めて、厳しい時代に生き残りを図ろうとしています。

 

同社の代表を務める尾崎一成社長は、もともと繊維業界とは無縁の人物。妻ひとみさんの実家の家業を継ぐために脱サラし、大阪から福山へ移り住んだのが30歳の時。「努力次第で大きく稼ぐことも可能な事業経営に興味があった。事業内容もおよそつかめていた」。創業者である先代の後を受け、1998年(平成10年)に2代目代表に就任しました。

 

同社はパターン制作から裁断、縫製まで一貫して行い、自動車・農機具・重機販売店などの作業現場を支えるツナギ服を製造し販売。エンドユーザーは多業種で、その中には数多くの大手企業も含まれるなど、創業以降、同社の業績は比較的安定した推移を保っていました。しかし近年、人件費の安い海外に生産拠点を移す縫製業者が増え、新興国メーカーの台頭や過剰供給などにより、業界の空洞化が加速。同社の業績も徐々に下降線を辿り始め、同業者の倒産も相次ぎました。取引先の倒産によって、大量の生地を在庫として抱え込む事態にも見舞われました。「だが、逆にそれが新しいチャンスの芽になるとは、その時は思ってもいなかった」と当時を振り返る尾崎社長。

 

今から6年前のこと。「10月に鈴鹿で開催されるF1日本GPのスタッフスーツを制作してほしい」。大阪の取引先企業から突然舞い込んだ依頼が、一つの転機になりました。創業以来ツナギ服の製造に特化し、地道なモノづくりを続けていた同社にとってまたとないチャンスで、「身震いするような戸惑いがあった」。尾崎社長はこれまでの経験と技術を信じ、不安を自信に変えてこの大仕事に挑戦。見事にそれを成功させました。すると、ドライビングスーツの依頼が立て続けに入るなど、今まで取引のなかった分野に新たな活路が開けてきました。

 

「今がチャンスか?」。ツナギ服の製造からレーシングスーツ、ドライビングスーツの製造に軸足を移すという、思い切った方向転換を尾崎社長は図ります。既存の技術を生かしてオリジナルの“レーシングツナギ”を作り、販売を開始することにしたのです。F1日本GPのスタッフスーツを手掛けたことが一つのきっかけですが、大量に抱えた在庫の生地を生かしてひとみさんがオリジナルのエプロンを制作し、自社ブランドを立ち上げて売り出したことに触発されたのが大きな要因でした。

 

難燃素材を生地に使用することで、安全性や耐火性を高めているのが従来のレーシングスーツ。尾崎社長は難燃素材を使用しない、これまでになかったレーシングスーツの開発を試みました。「レーシングスーツ=プロが使用する高価なウェアが定番イメージ。それを覆したかった」。一部の限られた人のためのものではなく、誰でも気軽に着ることができるレーシングツナギを開発し、2006年(平成18年)2月から“ソニエルジャパン”というブランド名で売り出しました。

 

難燃素材を使わないことにより、コストを従来の1/10程度まで抑え、どこにもない低価格を実現。同時に、大幅な重量低減ができたことで、身体への負荷を軽減することにも成功したレーシングツナギは瞬く間にヒット。製造に用いる加工技術は同じで、難燃素材があるかないかだけの違い。単純かつ大胆な発想の転換によって、尾崎社長は愛好家たちにレーシングツナギという新しい選択肢を示したのです。「レーシングスーツの価格はそれこそ青天井だが、レーシングツナギは安いものなら5,000円から」と尾崎社長。

 

誰も着目しないニッチなニーズを狙い撃ちしたことが奏功し、開発以降、売り上げはコンスタントな右肩上がり。「周囲を見渡しても競合相手はどこにもいない」。現在、月平均50着のオーダーがあるといいます。

 

ソニエルジャパンより一足先に、ひとみさんが立ち上げたもう一つの自社ブランド“ブルームーン”は、備後絣、帆布、デニムなどの備後伝統の生地を使用して、オリジナルのエプロンなどを製造し販売。生地の質感を生かしたソムリエエプロン、ギャルソンエプロンなどのワンランク上を目指す人向けのエプロンをはじめ、カフェ雑貨、帆布バッグなどを手掛けています。刺繍加工やプリント加工にもこだわりを持ち、同業他社と連携しながら常に高品質、高付加価値を追求しています。

 

自社ブランドを車の両輪に例え、「当社が生き残るためには、どちらが欠けても前には進めない」と尾崎社長。同社の事業割合は、ツナギ服の製造事業6に対して、自社ブランド事業4の割合。自社ブランド事業の割合を今後大幅に増やすことで、不況下でも常に新規顧客の開拓を行い続け、自社の経営基盤を強固にしていきたいと意気込みます。近い将来“脱下請け”を実現し、地域の同業者らと手を携えて伝統産業の振興による地域経済の活性化に貢献すること。それが尾崎社長の描く大きな夢です。

 

●お問い合わせ/松川繊維株式会社 TEL(084)976-1592
●お問い合わせ/福山北商工会 TEL(084)976-3111

 

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わがまちの元気印-徳毛レジン

既存技術をベースに新開発した、介護向けに特化した浴槽で新規市場への参入目指す

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わがまちの元気印-徳毛レジン

▲モノづくり企業“徳毛レジン”をけん引し、新規市場参入に果敢に挑む徳毛裕介社長。

 

長年培った既存技術と時代のニーズを高いレベルで融合させて新製品を開発し、新たな市場への投入に挑もうとする企業が福山市芦田町にあります。FRP(ガラス繊維強化プラスチック)の製造加工を営む企業として、1977年(昭和52年)に創業した“有限会社徳毛レジン”。若き2代目経営者として事業活動の積極展開をけん引する徳毛裕介社長は、「新製品を作ったはいいが、どう情報発信していくかが今の課題」と語り、新製品を通じて自社の製品力や技術力を広く周知したいと意気込んでいます。

 

同社は創業以来今日まで、FRPの加工を一貫して自社で手掛けてきました。主力営業品目である医療・介護機器を中心に、住宅設備機器、遊具施設、各種機械カバーなど、FRP製品をさまざまな分野に提供しています。

 

顧客が求める製品の形状や数量に応じた成型法、加工法を選択し、顧客にカスタム製品を提供。その同社が最も得意とするのが、“ハンドレイアップ成型”と呼ばれる技術。これは、作業者がロール、刷毛などを用いた手作業で、樹脂とガラス繊維を交互に積み上げていく成型方法のこと。その特徴は、「少・中量生産に最適で、複雑な製品の成形に適応できる」と徳毛社長。人手による手作業のため、その仕上がりは作業者の熟練度に左右されやすいのも特徴の一つですが、同社は長年の経験に裏打ちされた確かな製品力、技術力に大きな自信を持っています。

 

同社はこれまで、注文を個別の仕様に対応させる、多品種少量ロットの受注生産を主に手掛けてきました。裏を返せば、売上が受注変動などの外部環境によって左右されやすいのが弱み。「折しも世の中は不景気。数年前から次第に新製品開発の気運が全社的に高まってきた」と徳毛社長。新しい製品を一から形作ることができるのが同社一番の強みで、製品力、技術力には絶対の自信。遡ること今から3年前、同社は新製品開発という新規事業を立ち上げ、新規市場を開拓して行こうと決意を新たにしました。

 

モノづくりはお手の物。「ただ、実際に何を作ればいいのか、顧客ニーズを捉えることに最も苦労した」と徳毛社長。顧客ニーズを把握するためのマーケティングなどを行った結果、同社が導き出したのが、「FRPオーダーメイド浴槽、承ります」という方向性。家族構成やライフスタイルに合わせた、世界に一つしかない“こだわりの浴槽”をオーダーメイドで製造しようという試みです。

 

既製品の浴槽では対応できない形状、理想の寸法を形にした浴槽など、浴室空間を最大限に生かした理想の浴槽づくりを高い自社技術によって実現しました。顧客が希望するデザイン、サイズを自由に設計。カラーも自由に選べ、1個単位で注文することを可能にしたことで、介護施設や特別養護施設の大型浴槽、個人宅の新築浴槽など、多くの納品実績を上げました。中小企業だからこそできるニッチなニーズを狙った試みを同社は見事に成功させました。

 

同社はこの取り組みによって、2009年(平成21年)3月、『新しいFRP素材の開発導入や新商品開発による差別化戦略の展開』で広島県の経営革新計画の承認を受けました。

 

その後、新事業展開で得たノウハウを生かし、介護・福祉分野の現場ニーズに応えた新製品、個浴用浴槽“ほほえみ”を今年開発。介護・福祉の現場で行われる入浴方法の一つに個浴入浴という入浴法がありますが、その方法にはメリットもあればデメリットもあるうえ、介護する人される人の負担も少なくありません。次なる手として、介護現場での負担軽減などを図ることで、広く社会に貢献しようと考えた徳毛社長は、個浴に特化した浴槽の開発に着手。現場ニーズに即した機能を付加し、個浴入浴の現場が理想とする浴槽を機能的な形で表現し、世に送り出しました。

 

どの方向からも介助、入浴しやすい4方向エプロン(前面パネル)対応で、設置場所を問わず多様な施工レイアウトを可能にし、据え置き・埋め込みのどちらにも対応。「入浴する人に笑顔になってもらいたい」の思いを込めたほほえみで、使う人が幸せになれるモノづくりを実現した一方で、徳毛社長は一抹の不満も覚えました。「過不足のない新製品で、目標は達成できた。ただ、使う人の立場に立ったモノづくりの視点が欠けていた」。

 

ほほえみには作り手の目線、悪く言えば作り手の都合が見え隠れすると感じたことが、一抹の不満が残った原因と考えた徳毛社長は、次なる新製品として、一人浴FRP浴槽“おふろ~ず”を開発し、今年9月に発表。職人が精魂込めて作り上げたハンドメイドのプラスチック風呂で、介護アドバイザー、青山幸広氏監修の下、介護・福祉の現場ニーズをとことんまで突き詰めて開発した新製品です。

 

一人浴を考慮した設計で、直角に近いバスタブにより、背もたれの角度が身体を優しく支えて座り心地も抜群。浴槽外側面の全4方向に握りやすいグリップを設けるなど、誰でも入りやすい安心設計を実現。専門家のアドバイスを受けながら、理想を形にする作業の一方で、「今後この新製品を売っていく上で、現場の実情を知らないままでは、自分の言葉に説得力は生まれない」。徳毛社長は現在、自社の経営業務の傍ら、個浴入浴を実践している地域の施設や青山氏のもとに通い、その道のプロたちの協力や職人の努力に恥じない営業活動を目指し、新たな知識を貪欲に吸収することにも余念がありません。

 

理想通りの新製品が完成した今、「今後は販売促進に力を入れたい」と徳毛社長。同時に、新製品開発で発揮した自社技術をより幅広い分野に役立ててみたいとも語り、「それを考え出すとワクワクする」と若者らしい笑顔を見せました。

 

●お問い合わせ/有限会社徳毛レジン TEL(084)958-4581
●お問い合わせ/福山あしな商工会芦田支所 TEL(084)958-5858

わがまちの元気印-小川モータース

自社改革、第二創業、経営革新に次々挑み、地域になくてはならない企業の地位確立

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わがまちの元気印-小川モータース

▲自社ガソリンスタンドで、“リピカ”のコーティングカーシャンプー使って
ユーザーの車を洗浄する小川治孝社長。

 

今年度の県青連通常総会で新会長、県連総会で新理事に就任。相次いで県連組織の要職に就き、地域社会の発展振興に意欲を燃やす一人の人物。その真の姿は、三次市甲奴町に店舗を構え、小規模ながらも地域になくてはならない事業所として発展する“有限会社小川モータース”の若き経営者。

 

自社の発展と地域社会の活性化に力を尽くそうと、日々意欲的に活動している小川治孝社長。社長の肩書を得てまだ日は浅いものの、4年前のトップ就任以降、自社改革、第二創業、経営革新に挑んで次々と成功させるなどの目覚ましい活躍を遂げています。

 

同社の歴史は古く、創業は1921年(大正11年)。小川社長の曽祖父が自転車の販売・修理業で創業。その後、祖父から父を経て、2007年(平成19年)に小川社長が事業承継をして現在に至っています。創業以来、自動2輪車の販売・修理、石油類の販売、自動車整備、中古車・新車の販売、自動車保険代行などの自動車に関わる事業を地域の顧客ニーズに対応して展開し、成長してきました。

 

小川社長は大学卒業後の1995年(平成7年)、家業を継ぐための準備として、広島市内の自動車ディーラーに就職。自動車販売店の営業マンとして新社会人生活をスタートさせました。「売ってなんぼ」の営業の世界に飛び込んだ小川社長は、いきなり社会の厳しさを味わうことになります。

 

4月に入社して実に半年間、1台も車を売ることができませんでした。同期入社の面々は、家族や親戚など身内がご祝儀として車を購入するなどの一応の成果を挙げる一方で、小川社長は「実家が車屋だけに、そんな期待もできなかった」。肩身の狭い思いで日々を過ごし、挙げ句の果てには、「どうせ売ることもできないなら、せめて車でも洗っておけ」と厳しい言葉を浴びせられる始末。

 

一人黙々と店頭に並ぶ車の洗車を繰り返す毎日。ある日、そのひたむきさを目にした一人の老紳士が小川社長に声をかけます。やがて二人の間に心の交流が芽生え、小川社長の人柄に魅せられた老紳士から車を購入したいとの嬉しい申し出が。でも実は、その老紳士は病気を理由に車に乗らない生活を続けていて、身内がキャンセルを願い出たにも関わらず、老紳士は「彼から車を買いたい」の一点張りを貫いて新車を購入。この出来事は小川社長のモチベーションアップに加え、顧客重視の重要性を認識することにもつながりました。結果、小川社長はその年度末までに23台の販売実績を残すことになりました。

 

約2年間の修業期間を終え、自信をつけて意気揚々と地元に戻ってきた頃を思い出し、「あの頃は何の根拠もなく、自分はできると錯覚していた」と小川社長。やがて、過信にも似た自信が大きな失敗を招きました。「忙しい時に顧客に対して、忙しいと口にしてしまった」。自分だけを見て、本気で顧客のことを見ていなかったと気づいた時には既に遅く、「信用を取り戻すのに長い時間がかかった。忙しさを理由に胡坐をかいていた」ことを思い知ると同時に、改めて顧客重視の言葉が思い出されました。

 

ある日突然、「来月から社長になれ」と父親からの唐突な指示で4代目社長に就任した小川社長は、顧客重視とともに、「地域がなければ自分たちは生きていけない」との思いから、地域密着を理念に掲げて自社の改革に着手。反発もあった中、家族経営という経営体質の改善を図るために、使う側と使われる側の垣根を取り払い、全社的な一体感づくりに努めて従業員の若返りを進めました。言われたことだけやるタイプの従業員に対しては、自ら率先して動くことで仕事のやり甲斐も高まることを自らの言動で示し、フラットで機動力ある組織体質を作り上げました。その後、顧客重視を鮮明にした地域密着型の営業展開で、“地域になくてはならない車屋さん”の地位を確立しました。

 

組織の再編に続いて、経営基盤の強化という課題にも着手。「本来業務の機能を生かしながら、新たな事業基盤を構築したかった」と小川社長は製造分野への進出を決意。2008年(平成20年)3月に“株式会社リピカ”を設立し、自動車用ケミカルの製造と販売に乗り出しました。

 

洗車とコーティングが一度にできる新感覚のコーティングカーシャンプーなど、「自分にとってあったらいいな」の発想を生かし、カーライフを快適にするカーケア商品を次々と企画しリリース。ここでも顧客本位の姿勢に立って、顧客の「ありそうでなかった」「こんなものが欲しかった」を実現したリピカのその評判は瞬く間に全国に広がり、新商品を発表すれば全国版の自動車専門誌で特集記事が組まれることもしばしば。その都度、「コーティングカーシャンプーでお馴染みのリピカ」といった文字が誌面に並ぶなど、絶え間ない営業努力を続けた甲斐もあって、リピカの名前は今やすっかり全国に浸透。

 

「地域の再生、活性化を考えたとき、地域外からの外貨を得るという考え方も必要」と小川社長。地元には外貨を獲得できるだけの産業がなく、「ならば自分の手で」との思いもありました。大きなリスクを伴う決断でしたが、第二創業を軌道に乗せて外貨獲得を実現しただけでなく、小川社長は4人の新たな雇用も生み出すことにも成功しました。なお、現在のリピカは独立して別会社となり、三次広域商工会青年部の部長でもある月橋寿文社長が経営を一手に担っています。

 

「失敗なんて自分にとっては何でもないことで、どうすれば上手くいくかを常に考えること」と小川社長。これまでたくさんの失敗を繰り返してきた、と自信あり気に語り、「成功とは準備とチャンスの掛け算」という先輩から学んだ自分自身の行動規範とも言える実践訓を披露。
自らの強みや弱みを自覚した上で、あらかじめ準備を整えておけば、目の前で起こる変化を自分にとってのチャンスと捉える力が生まれてくると話します。

 

その持ち前のバイタリティを生かし、小川社長は2009年(平成21年)8月、「地域に根ざした車の総合的サービスの展開」で経営革新計画の承認を取得。同社が今まで培ってきた車に関わる各種事業のノウハウ、人材、広い事業用地を生かして、車に関する顧客のあらゆるニーズにワンストップで対応できる、地域に根差した車の総合サービスを新たにして、自社の経営力をいっそう向上させました。

 

いろんなアイデアが浮かんでは消え、「常に頭の中は混沌としている」と語る一方、既に新たな事業展開に向けた青写真が描かれているようで、次は地域振興を主眼とした事業によって地域社会に恩返したい、と小川社長は今後の展望を語ります。

 

●お問い合わせ/有限会社小川モータース TEL(0847)67-2136
●お問い合わせ/株式会社リピカ TEL(0847)67-5480

 

“株式会社リピカ”のホームページはこちら