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わがまちの元気印-小川モータース

自社改革、第二創業、経営革新に次々挑み、地域になくてはならない企業の地位確立

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わがまちの元気印-小川モータース

▲自社ガソリンスタンドで、“リピカ”のコーティングカーシャンプー使って
ユーザーの車を洗浄する小川治孝社長。

 

今年度の県青連通常総会で新会長、県連総会で新理事に就任。相次いで県連組織の要職に就き、地域社会の発展振興に意欲を燃やす一人の人物。その真の姿は、三次市甲奴町に店舗を構え、小規模ながらも地域になくてはならない事業所として発展する“有限会社小川モータース”の若き経営者。

 

自社の発展と地域社会の活性化に力を尽くそうと、日々意欲的に活動している小川治孝社長。社長の肩書を得てまだ日は浅いものの、4年前のトップ就任以降、自社改革、第二創業、経営革新に挑んで次々と成功させるなどの目覚ましい活躍を遂げています。

 

同社の歴史は古く、創業は1921年(大正11年)。小川社長の曽祖父が自転車の販売・修理業で創業。その後、祖父から父を経て、2007年(平成19年)に小川社長が事業承継をして現在に至っています。創業以来、自動2輪車の販売・修理、石油類の販売、自動車整備、中古車・新車の販売、自動車保険代行などの自動車に関わる事業を地域の顧客ニーズに対応して展開し、成長してきました。

 

小川社長は大学卒業後の1995年(平成7年)、家業を継ぐための準備として、広島市内の自動車ディーラーに就職。自動車販売店の営業マンとして新社会人生活をスタートさせました。「売ってなんぼ」の営業の世界に飛び込んだ小川社長は、いきなり社会の厳しさを味わうことになります。

 

4月に入社して実に半年間、1台も車を売ることができませんでした。同期入社の面々は、家族や親戚など身内がご祝儀として車を購入するなどの一応の成果を挙げる一方で、小川社長は「実家が車屋だけに、そんな期待もできなかった」。肩身の狭い思いで日々を過ごし、挙げ句の果てには、「どうせ売ることもできないなら、せめて車でも洗っておけ」と厳しい言葉を浴びせられる始末。

 

一人黙々と店頭に並ぶ車の洗車を繰り返す毎日。ある日、そのひたむきさを目にした一人の老紳士が小川社長に声をかけます。やがて二人の間に心の交流が芽生え、小川社長の人柄に魅せられた老紳士から車を購入したいとの嬉しい申し出が。でも実は、その老紳士は病気を理由に車に乗らない生活を続けていて、身内がキャンセルを願い出たにも関わらず、老紳士は「彼から車を買いたい」の一点張りを貫いて新車を購入。この出来事は小川社長のモチベーションアップに加え、顧客重視の重要性を認識することにもつながりました。結果、小川社長はその年度末までに23台の販売実績を残すことになりました。

 

約2年間の修業期間を終え、自信をつけて意気揚々と地元に戻ってきた頃を思い出し、「あの頃は何の根拠もなく、自分はできると錯覚していた」と小川社長。やがて、過信にも似た自信が大きな失敗を招きました。「忙しい時に顧客に対して、忙しいと口にしてしまった」。自分だけを見て、本気で顧客のことを見ていなかったと気づいた時には既に遅く、「信用を取り戻すのに長い時間がかかった。忙しさを理由に胡坐をかいていた」ことを思い知ると同時に、改めて顧客重視の言葉が思い出されました。

 

ある日突然、「来月から社長になれ」と父親からの唐突な指示で4代目社長に就任した小川社長は、顧客重視とともに、「地域がなければ自分たちは生きていけない」との思いから、地域密着を理念に掲げて自社の改革に着手。反発もあった中、家族経営という経営体質の改善を図るために、使う側と使われる側の垣根を取り払い、全社的な一体感づくりに努めて従業員の若返りを進めました。言われたことだけやるタイプの従業員に対しては、自ら率先して動くことで仕事のやり甲斐も高まることを自らの言動で示し、フラットで機動力ある組織体質を作り上げました。その後、顧客重視を鮮明にした地域密着型の営業展開で、“地域になくてはならない車屋さん”の地位を確立しました。

 

組織の再編に続いて、経営基盤の強化という課題にも着手。「本来業務の機能を生かしながら、新たな事業基盤を構築したかった」と小川社長は製造分野への進出を決意。2008年(平成20年)3月に“株式会社リピカ”を設立し、自動車用ケミカルの製造と販売に乗り出しました。

 

洗車とコーティングが一度にできる新感覚のコーティングカーシャンプーなど、「自分にとってあったらいいな」の発想を生かし、カーライフを快適にするカーケア商品を次々と企画しリリース。ここでも顧客本位の姿勢に立って、顧客の「ありそうでなかった」「こんなものが欲しかった」を実現したリピカのその評判は瞬く間に全国に広がり、新商品を発表すれば全国版の自動車専門誌で特集記事が組まれることもしばしば。その都度、「コーティングカーシャンプーでお馴染みのリピカ」といった文字が誌面に並ぶなど、絶え間ない営業努力を続けた甲斐もあって、リピカの名前は今やすっかり全国に浸透。

 

「地域の再生、活性化を考えたとき、地域外からの外貨を得るという考え方も必要」と小川社長。地元には外貨を獲得できるだけの産業がなく、「ならば自分の手で」との思いもありました。大きなリスクを伴う決断でしたが、第二創業を軌道に乗せて外貨獲得を実現しただけでなく、小川社長は4人の新たな雇用も生み出すことにも成功しました。なお、現在のリピカは独立して別会社となり、三次広域商工会青年部の部長でもある月橋寿文社長が経営を一手に担っています。

 

「失敗なんて自分にとっては何でもないことで、どうすれば上手くいくかを常に考えること」と小川社長。これまでたくさんの失敗を繰り返してきた、と自信あり気に語り、「成功とは準備とチャンスの掛け算」という先輩から学んだ自分自身の行動規範とも言える実践訓を披露。
自らの強みや弱みを自覚した上で、あらかじめ準備を整えておけば、目の前で起こる変化を自分にとってのチャンスと捉える力が生まれてくると話します。

 

その持ち前のバイタリティを生かし、小川社長は2009年(平成21年)8月、「地域に根ざした車の総合的サービスの展開」で経営革新計画の承認を取得。同社が今まで培ってきた車に関わる各種事業のノウハウ、人材、広い事業用地を生かして、車に関する顧客のあらゆるニーズにワンストップで対応できる、地域に根差した車の総合サービスを新たにして、自社の経営力をいっそう向上させました。

 

いろんなアイデアが浮かんでは消え、「常に頭の中は混沌としている」と語る一方、既に新たな事業展開に向けた青写真が描かれているようで、次は地域振興を主眼とした事業によって地域社会に恩返したい、と小川社長は今後の展望を語ります。

 

●お問い合わせ/有限会社小川モータース TEL(0847)67-2136
●お問い合わせ/株式会社リピカ TEL(0847)67-5480

 

“株式会社リピカ”のホームページはこちら

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